分類と分析

ひきつづき、蕪村の句について、いろいろと。

まず、好きな句。

 

★好きな句

 鮒ずしや彦根が城に雲かゝる

 さみだれや大河を前に家二軒

 白蓮を切らんとぞおもふ僧のさま

 動く葉もなくておそろし夏木立

 さくら一木春に背けるけはひかな

 みの虫の古巣に添ふて梅二輪

 春風に阿闍梨の笠の匂かな

 おもひ出て酢つくる僧よ秋の風

 水仙や寒き都のこゝかしこ

 秋風にちるや卒塔婆の鉋屑

 昼舟に狂女のせたり春の水

 野路の梅白くも赤くもあらぬ哉

 さみだれや名もなき川のおそろしき

 水仙に狐あそぶや宵月夜

 

理由や理屈を抜きに、自分にひっかかった句たち。こんなのが好き。

つづいて、分類をこころみる。

言葉の使い方を、より細かく考えていくための、準備作業。

 

 

<風景・遠景を詠んだもの>

大きなスケールのなかに的確な対象を設置して、その対比を詠む。

結果、風景も対象も、際立たせているような句たち。

まず、漢詩系。わびさび系。ある種、王道。

 

 しのゝめや雲見えなくて蓼の雨

 さみだれや大河を前に家二軒

 おぼろ月大河をのぼる御舟かな

 朧月蛙に濁る水やそら

 後の月鴫たつあとの水の中

 秋風にちるや卒塔婆の鉋屑

 寒月や門なき寺の天高し

 

ややかわいい系。こちらの方がより高度というかうまさを感じる。

 

 

 春雨や蛙の腹はまだぬれず

 菜の花や鯨もよらず海暮ぬ

 鮒ずしや彦根が城に雲かゝる

 長き夜や通夜の連歌のこぼれ月

 寒月や門をたゝけば沓

 うぐひすの啼や師走の羅生門

 

遠景を遠景のまま捉えた句。語のチョイスが肝なのか。

 

 春雨やいさよふ月の海半(なかば)

 なの花や昼一しきり海の音

 池と川とひとつになりぬ春の雨

 月に遠くおぼゆる藤の色香哉

 春雨の中を流るゝ大河かな

 さみだれや名もなき川のおそろしき

 いな妻や秋つしまねのかゝり舟

 いな妻や佐渡なつかしき舟便り

 笛の音に波もより来る須磨の秋

 水仙や寒き都のこゝかしこ

 三日月も罠にかゝりて枯野哉

 凩や広野にどうと吹起る

 秋の空きのふや鶴を放ちたる

 

静けさを詠んだもの。

 

 風吹ぬ夜はもの凄き柳かな

 動く葉もなくておそろし夏木立

 名月や夜は人住ぬ峰の茶屋

 冬こだち月に隣をわすれたり

 としひとつ積るや雪の小町寺

 短夜の夜の間に咲るぼたん哉

 賊舟をよせぬ御舟や夏の月

 鹿鳴くや宵の雨暁の月

 卯の花の夕べにも似よしかの声

 

年中行事。時間のこと。

 

 角文字のいざ月もよし牛祭

 海のなき京おそろしや鰒汁

 目前をむかしに見する時雨哉

 其むかし鎌倉の海に鰒やなき

 

中景くらいをうたったもの。

 

 つつじ野やあらぬ所に麦畠

 鶯のたまたま啼や花の山

 三井寺や日は午にせまる若楓

 路たえて香にせまり咲いばらかな

 野路の梅白くも赤くもあらぬ哉

 足あとのなき田わびしや落し水

 地下りに暮行野辺の薄かな

 山畑やけぶりのうへのそば畠

 

<近い対象をうたったもの――近景>

植物が多い。(他の対象物は他に分類しているせいもあるが)

 

 梅ちりてさびしく成しやなぎ哉

 たんぽゝのわすれ花あり路の霜

 葉がくれの枕さがせよ瓜ばたけ

 窓の燈の梢にのぼる若葉哉

 初雪の底を叩けば竹の月

 秋雨や水底の草を踏わたる

 さくら一木春に背けるけはひかな

 女郎花二もと折ぬ今朝の秋

 やどり木の目を覚したる若葉かな

 浅間山けぶりの中の若葉かな

 こがらしや岩に裂行水の声

 うつくしや野分の後のとうがらし

 

 

<私基点で捉える情景・感情>

近景(中景)の歌が多いが私目線であること。

故に叙情に傾く。

 

 居りたる舟を上がればすみれ哉 

 綿つみやたばこの花を見て休む

 秋雨や水底の草を踏わたる

 歩きあるき物おもふ春のゆくへかな

 宿かせと刀投出す雪吹哉

 牡丹有寺ゆき過しうらみ哉

 やぶ入りの宿は狂女の隣かな

 病起て鬼をむちうつ今朝の秋

 常燈の油尊き夜長かな

 鱸釣て後めたさよ浪の月

 洟たれて独碁をうつ夜寒かな

 古池に草履沈みてみぞれ哉

 闇の夜に終る暦の表紙かな

 屋根ふきの落葉を踏や閨のうえへ

 闇の夜に頭巾を落すうき身哉

 秋の暮辻の地蔵に油さす

 葱買て枯木の中を帰りけり

 看病の耳に更ゆくおどりかな

 

貧しさ・生活を詠んだもの。

 

 小鼠のちゝよと啼や夜半の秋

 皿を踏鼠の音のさむさ哉

 我を厭ふ隣家寒夜に鍋を鳴らす

 雪沓をはかんとすれば鼠ゆく

 糞ひとつ鼠のこぼすふすま哉

 らうそくの涙氷るや夜の鶴

 白炭の骨にひゞくや後夜の鐘

 

<登場人物・動物が出てくるもの>

人物は、キャラが濃いものたちが、多い。

すると、句にも滑稽さや、悲哀が出てくる。

(最後の数句に人間ではないものもある)

 

 春をしむ人や榎にかくれけり

 薬盗む女やは有おぼろ月

 秋たつや何におどろく陰陽師

 鯨売市に刀を鼓(なら)しけり

 白蓮を切らんとぞおもふ僧のさま

 月おぼろ高野の坊の夜食時

 昼舟に狂女のせたり春の水

 春風に阿闍梨の笠の匂かな

 蓼の穂を真壺に蔵(かく)す法師かな

 秋の夜や古き書読む南良法師

 おもひ出て酢つくる僧よ秋の風

 盗人の首領歌よむけふの月

 子を寝せて出て行く闇や鉢たゝき

 住吉の雪にぬかづく遊女かな

 寒月に木を割る寺の男かな

 終に夜を家路に帰る鉢たゝき

 故さとの坐頭に逢ふや角力取

 笠とれて面目なきかゞしかな

 雲の峰に肘する酒呑童子かな

 錦する野にことこととかゞしかな

 大仏や傘ほどの手向菊

 秋の暮辻の地蔵に油さす

 

やや抽象的な人シリーズ。

 

 貧乏な儒者訪ひ来ぬる冬至哉

 追風に薄刈とる翁かな

 鶯に終日遠し畑の人

 生海鼠にも鍼こゝろむる書生哉

 水鳥や巨椋の船に木綿売

 旅人の鼻まだ寒し初ざくら

 ゆく年の瀬田を廻るや金飛脚

 念ごろな飛脚過ぎゆく深雪かな

 

小動物ものも、おもしろ系が多い。

(逆に、鳥はかわいい系がおおくなる)

 

 蛇を追う鱒のおもひや春の水

 日は日くれよ夜は夜明ヶよ啼蛙

 河童(かわたろ)の恋する宿や夏の月

 春雨や蛙の腹はまだぬれず

 飯盗む狐追うつ麦の秋

 巫女(かんなぎ)に狐恋する夜寒かな

 みの虫の古巣に添ふて梅二輪

 戸をたゝく狸と秋をおしみけり

 

 

鳥シリーズ。

 

 一羽来て寝る鳥は何梅の月

 鶯のたまたま啼や花の山

 飛魚となる子育るつばめかな

 鶯や茨くぐりて高う飛ぶ

 水鳥やてうちんひとつ城を出る

 後の月鴫たつあとの水の中

 初しもや煩ふ鶴を遠く見る

 うぐひすの啼や師走の羅生門